2010年1月31日日曜日

カーシート by カイ

6ヶ月児もカーシートと橇にのってアイスリンク。

この後カーブを曲がりきれずカーシートごと振り飛ばされ、何度か転がってとまりました。一瞬息をのみましたが本人泣きもせず無事。また橇に乗ってスケート再開。流石にちょっとスピード落として注意深く。

車で走行中、カーシートごと車から放り出されながら生き残った0歳児の話を思い出しました。ハンドルを立てベルトをしっかりしめておくとかなり安全なのね。身近にこんなかたちで体験。

週末の散歩 by カイ

日に日に日が長くなってます。
週末アンカレッジを一望できるフラットトップに散歩。
一月終わりの夕焼け。

1月31日の夕食 by acupoftea


・豚だんご鍋(豚だんご(豚ひき肉、しょうが、卵、塩、しょうゆ、いりごま)、白菜、ネギ、蕪、にんじん、oyster mushrooms、豆腐、春雨。昆布と鰹のだしに塩、醤油で味付けしたスープで)

・煮豆(ひよこ豆、Great Northern beans)

・雑穀ご飯

4キロぐらいの豚のパックを買ってきて、一部は塩豚にし、その他は小分けして冷凍。一部をフードプロセッサーでひき肉にし、だんごを作る。ごまを入れると、プチプチして香ばしさも加わる。明日は残ったスープでおじやかな?

1月30日の夕食 by acupoftea


・サーモン生春巻き(1月28日の残りのサーモン、そば、にんじん千切りをごま油と塩であえたもの、レタス、大人のみネギの千切り。タレはマヨネーズ&醤油と、レッドペッパーソース)

・豆腐ステーキ(木綿豆腐をごま油とオリーブオイルで焼き、焼き上がりにネギの小口切りを入れ、最後に醤油をまわしかける)

・雑穀ご飯

見た目がぐちゃっとしちゃったんですが、サーモンの春巻きもいけます。コリアンダーの葉を入れたらうまかろう…と思いつつ割愛。

2010年1月29日金曜日

1月29日の夕食 by acupoftea


・スパゲティ(トマトソース缶、玉ねぎ、にんにく、生塩豚、collard green、戻した干し椎茸、オリーブオイル。出来上がりにコーンの蒸し煮をのせる)

・サラダ(レタス、ルッコラ、キウイ、ヘーゼルナッツ、ごま、チーズ、塩、バルサミコ酢、オリーブオイル)

朝、ソースを仕込む。娘にも包丁で野菜を切らせる。塩豚をパンチェッタの代わりにして「アマトリチャーナ」風のつもりなのだが、なんとなく喫茶店の「ナポリタンスパゲティ」風でもある。

最近、前の日に何を食べたか思い出せないでいたりしていたのだけど、これを始めてからいいボケ防止になっている。

2010年1月28日木曜日

1月28日の夕食 by acupoftea


・サーモンオーブン焼き(シルバーサーモンに塩、こしょう、オリーブオイルをかけて焼く)

・野菜のロースト(ズッキーニ、じゃが芋、ビーツを塩、オリーブオイル、にんにく、ローズマリーであえてサーモンの隣で焼く。ビーツは色が移るので、他の野菜との間にホイルで仕切りを作る)

・グリーンサラダ(レタス2種、豆腐、グレープフルーツに、オリーブオイル、塩、バルサミコ酢、黒砂糖を水で溶かしたシロップをかける)

・雑穀ご飯(白米、そば米、大麦)

Bethelの南にあるGoodnews Bayに仕事で行った友人が釣ってきた、シルバーサーモン。脂がのりまくって、最高においしかった。半身を丸ごと焼いて、お腹いっぱい食べてもまだ余ったので、明日かあさって、別のおかずにする予定。

今日のお酒はどぶろくです。

2010年1月27日水曜日

1月27日の夕食 by acupoftea




・野菜スープ(玉ねぎ、にんじん、parsnip(白い大きなにんじんみたいな野菜)、じゃが芋、セロリ、キャベツ、Great Northern beans(煮てあったもの)、ブロッコリー、塩豚一切れ、ソーセージ、月桂樹の葉、塩、ペンネ、パセリ、にんにくすりおろし、水)

・グリーンサラダ(レタス、ルッコラ、絹ごし豆腐、バルサミコ酢、塩、オリーブオイル)

・玄米ご飯

・焼きたて天然酵母パン味見

スープはソーセージとペンネ、にんにく以外の材料を前の晩に煮ておく。ソーセージは煮すぎると味が全部スープに出てしまうので、温める程度にする。野菜メインで、肉とソーセージはほんの少し。冬の夜は具だくさんの汁物がありがたい。

天然酵母は2ヶ月以上前にレーズンから起こしたもので、ずっと粉を継ぎ足してパンの元種として使っているが、最近酸味が出てきた。まさにsourdoughで、味わいがあるが、そろそろ酵母を作り直す時期のようだ。





ちょっと前の俳句

カローラに布団干さるる日和かな


三寒四温どころかこのところずっと暖かい~
半そで半ズボンの小学生がいたぞ!
でもちょっと早すぎはしないか?
でも明日はひさびさの雨予報。お肌にいいかも。

2010年1月26日火曜日

1月26日の夕食 by acupoftea


・豚しゃぶしゃぶ風鍋(豚薄切り肉、白菜、ねぎ、collard green、豆腐、ルッコラ、えのき、oyster mushrooms、昆布、塩)

・自家製タレ(醤油、米酢、バルサミコ酢、ごま油、柚子果汁、水)

・絹ごし豆腐とGreat Northern Beans水煮の箸休め(塩、バルサミコ酢、オリーブオイル)

・雑穀ご飯

・チーズケーキ少々

ひさびさの鍋。洋風の野菜も結局は菜っ葉なので入れる。鍋にはやっぱりどぶろくだ!

2010年1月25日月曜日

1月25日の夕食 by acupoftea

娘の皿

・レッドサーモンの頭(半分に割り、塩をしてオーブンで焼く。食べるときに柚子果汁をかけて)

・ビーツ、さつま芋(ヤム芋)、じゃが芋のロースト(塩、オリーブオイル、にんにく)

・雑穀ご飯(白米、そば米、大麦(Hulled Barley))

・みそ汁(大根、豆腐、ロメインレタス、昆布、鰹節)

冷凍してあったサーモンの頭。いつも頬肉の取り合いになるので、今日は頭をメインにする。ビタミンD、オメガ3の摂取には、サーモンでしょう。


スケート万歳 by カイ

スケート三昧の週末。

長女のクラスメートの誕生日会。会場は湖に面した彼の自宅。彼のパパが湖の一角を整備したリンクでスケート。橇もスノーマシーンも。クラスメート全員、彼のホッケーチームメンバー皆招かれての大賑わいパーティー。


次女はダウンタウンの湖で友人とスケート・プレイデイ。この湖は市が整備している。


翌日曜日も朝からスケート。2歳児は椅子に摑まって。


家の中では、メキシコ人友人Yが作ってきてくれた中華料理に舌鼓。


Yの息子と家の長男暗くなるまでホッケー。Yの夫はホッケー・コーチというだけあって息子の動きも本格的。


雪を氷を楽しんでいます。

2010年1月24日日曜日

1月24日の夕食 by acupoftea


・ハンバーグ(牛ひき肉、玉ねぎ・えのきみじん切り、豆腐、にんじんすりおろし、乾燥パセリ、塩、こしょう、卵。食べるときに大根おろしと柚子醤油)

・ブロッコリーとcollard green(緑のうちわみたいな野菜)の塩蒸し煮

・Great Northern beans(白インゲン豆の小さいやつ)の水煮(本当にただ水で煮ただけ)

・玄米ご飯とじゃこの佃煮

・チーズケーキ(カッテージチーズ、卵、小麦粉、牛乳、砂糖、塩、レーズン)

珍しく計画通りに、しかも怒らずに過ごせた日曜日。朝からどぶろくを搾り、酒粕でパンを仕込み、チーズケーキを作り、掃除をし、おひな様を出し…。明日雨が降ったらごめんなさい。

1月23日の夕食 by acupoftea


・ピザ(レーズンで起こした天然酵母のピザ生地、トマトソース、モッツァレラチーズ、ハバルティチーズ、玉ねぎ、ズッキーニ、ツナ、リンゴ、冷凍コーン、バジル、オリーブオイル。ルッコラ(アメリカではarugula)は焼いたあと、食べるときにのせる)

・グリーンサラダ

一日外出していた土曜日。朝、娘と仕込んでおいた天然酵母のパン生地を、夕方帰宅後のばし、トッピングをのせてオーブンへ。冷凍ピザを買っておけば早いのだけど、やっぱり手作りだと好みの味にできておいしい。

今週の「持ち寄り場」by カイ

hodateさんが持ち寄って下さいました。

地震対策について。
小説「日本沈没」より抜粋の地震対策、アンカレッジデイリーニュースに載っていた緊急事態のために何を揃えておいたらよいかのリスト等を読みながら。

ツアーガイド経験のあるhodateさん、アラスカ知識豊富です。1964年のアラスカ大地震、火山の分布について等、当時の写真や、地図を使って説明して下さいました。

アラスカで冬大地震が起きてしまったら。。想像すると恐ろしいことです。

おにぎり、べーグル、鱈の白子、甘辛いピクルス、サンドイッチなどいただきました。


実用的な情報、ありがとうございました!

コロッケ「作って食べる会」by カイ

元々はフランスから伝わったといわれるコロッケ、日本の庶民の味です。子供時代、学校帰りにコロッケ買って食べたことあったなあ、美味しかったなあ、とウィキペディアをみてみたら、「60年代以前は子供達が町角でコロッケを買ってスナックとして食べる光景も見られた」と。一瞬戦後を生きてきたかのような錯覚に陥りました。これって地方によって色々ですよね。ちなみに私名古屋です。

今回揚げないでベークしてみました。

ジャガイモを剥きながらレシピを確認し段取りする皆さん。いつも素晴らしい手際のよさです。


つぶしたジャガイモに炒めたグリンピース、コーン、玉ねぎ、ひき肉を混ぜ、塩等で味付け。コロッケの形にして小麦粉、溶き卵、炒めたパン粉。その上にオリーブオイルを塗る。オーブンで20分ほど。普段からコロッケもカツ系も全てベークしているというベーク達人Hさんが導いてくれます。


出来上がり!かぶりついた瞬間サクっとしてクリスピー、それでいて脂っこくありません。ベークド・コロッケやってくれました。


皆さん持ち寄って下さった鳥のから揚げも、フルーツグリーンサラダも、プリンも、カステラも、本当に美味しくいただきました。


いつものように料理、子供達とのアクティビティー(ブロック、絵本等)、後片付け、と皆さん交代で軽やかに動いて下さりお疲れ様でした。今回も美味しく楽しく大成功!ありがとうございました!

2010年1月23日土曜日

今週の子供言葉集

hodate

ママ      :ほだちゃんは、詩人だね。

ほだちゃん(3歳):違うよ、美人だよ。


カイ

三女とアルバムを見ていて、三女妊娠時の写真を見つける。そういえば上の子達はお腹にいたとき「泳いでいた」とか、「寝ていた」とか言っていたなと思い出しながら質問してみる。

ママ       :アイラ、ママのお腹の中にいたとき何してたの?

三女アイラ(2歳):猿の上に座ってたの。

2010年1月22日金曜日

1月22日の夕食by acupoftea


・お好み焼き(小麦粉、そば粉、キャベツ・にんじん・じゃが芋の千切り、納豆、冷凍コーン、ダシの粉、塩、こしょう、卵、塩豚薄切り、オキアミ塩辛、水、チーズ。ごま油で焼く。食べるときに鰹節、青海苔、醤油とマヨネーズのソース)

・煮りんご

今日は午後出勤の日なので、キャベツなど野菜は昨日の夜刻んでおいた。考えつく限りの材料をぶち込んで混ぜる。こんがりおいしい。

2010年1月21日木曜日

1月20日の夕食 by acupoftea


・根菜の和洋折衷スープ(ごぼう、にんじん、じゃが芋、玉ねぎ、キャベツ、塩豚、ソーセージ、にんにく、しょうが、パセリ、からし菜、塩、Braggアミノ酸液)

・グリーンサラダ(レタス、豆腐、バルサミコ酢、オリーブオイル、Braggアミノ酸液)

・白米と玄米のご飯

ごぼうの香りと塩豚のコクがスープに深みを与えてくれた。この場合、塩豚は塩漬け後、ゆでずに1センチぐらいの厚さに切り、冷凍しておいたものを使用。この生塩豚、ベーコンのようにスパゲティのソースに入れたり、お好み焼きに入れたり、そのまま焼いて食べたり、本当に万能である。ビバ塩豚!

今週の知識 by カイ

・ハイチは世界で初の黒人による共和国、かつラテンアメリカ最初の独立国であるということ。

・ハイチ人の約95%がアフリカ系、残りのほとんどはムラート(白人とアフリカ人の混血)であり、エリートであるムラートとその他の黒人との間の経済的、文化的、社会的格差は著しいということ。

・多くのハイチ人はカトリック信仰と並行して、アフリカ系のベナンにルーツを持つ宗教であるブードゥー教の慣習も行っているということ。

・ハイチ独立のためのフランスへの賠償金を米国が肩代わりしたということ。

・ハイチは西半球で最も貧しい国と言われており、人口の約半数に相当する380万人が慢性的に栄養失調状態にあるということ。

・米国からの米の流入がハイチの食料自給率急落の要因であったということ。

・1990年12月初めて、民主主義に乗っ取った大統領選挙が実施され、選ばれたのがアリスティド氏。汚職の摘発、官僚機構の縮小、麻薬取り締まりなどで、国際的な評価を得るようになっていたアリスティド政権は、1991年に軍事クーデーターにより倒されるが、1994年復帰、その後2004年軍事クーデターによって再び倒される。米国はこの2回の軍事クーデターを支持したということ。

・南アフリカに亡命しているアリスティド元大統領が、ハイチ地震復興支援のために帰国する用意があるということ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
政情不安定、貧困の背景には植民地時代からの支配搾取の長い歴史があるのでしょうね。

ここアンカレッジの子供達の小学校でもハイチ支援のための赤十字への募金を1月末まで受付中です。

2010年1月20日水曜日

ハイチ by acupoftea


ハイチの地震が起こる前は、私はハイチのことは全くと言っていいほど知らなかったし、今でもよく知らないままである。でも、この地震による被災の状況を私が入手できる範囲のニュースで見るうち、これは単なる自然災害ではない、このような惨事が起こるのには、訳があるのではないかと思わざるを得なくなった。


ロサンゼルス大地震と同じマグニチュード7.0の地震で、ロサンゼルスに比べてこんなに大きな被害が出ているのはなぜか?この国はこんなに貧しいのはなぜか?


募金以外に、何か私にできることはないか、と思ったとき、ハイチという国のことをもっとよく知ることが、私にできることの一つではないかと思った。もちろん、それはごく小さなことではあるが…。


この間、ラジオやインターネットニュース、新聞で知ったことの一部。


***


・ハイチは地震前から南北アメリカでもっとも貧しい国だったということ。たとえば、水道のある家庭は少なく、下水のある家庭はほとんどなかった。


・過去2回のクーデター(1991、2004)で、民主的選挙で選ばれた政府に対する反政府軍をアメリカは支持したということ。クーデターにより、ハイチのインフラは国レベル、地方レベルで壊滅的な打撃を受けた。


・地震の後、米軍がポルトープランスの唯一の空港を管理し、援助物資を積んだ飛行機の着陸よりも軍の飛行機を優先。国境なき医師団の飛行機5機、フランスからの救援物資を運ぶ飛行機1機が着陸を許可されず、隣国のドミニカ共和国のサントドミンゴへ回避させられた、という報道あり。


・「地震の救援に、なぜ軍隊が武器を持って来なくてはならないのか?これは戦争ではない。われわれがほしいものは水、食料、救済だ」。何日も水も食料もなければ、住民がいらだつのは当たり前だが、略奪などはごく一部、この想像を絶する被害の中、コミュニティの人が助け合って、何とか生き延びようとしている中、外国の軍隊が銃を持ってやってきて、被災民をまるで敵扱いしている、という現地からの報道あり。


・アメリカに住むハイチ人の身分を保証し、働く権利を与えることが、ハイチの復興を助けることにつながること。3万人のハイチ人がアメリカからの強制送還の危機に瀕していること。ハイチの一番の収入源は、アメリカのハイチ人が自国に送るお金だということ。


・今後の復興に誰が乗り出し、利益を得るのか、という問題。